K先生のオートグラフはTEACが正規代理店になってから輸入された物で、中身はモニターゴールドが標準となっておりました。
先生はこのオリジナル状態を基本に数十年間取り組んで来られて、その経験の上で近年になってから熟慮の末にモニタシルバーを入手、更にはモニターレッドまで入手されて(こちらはどっかのオヤジがけしかけたらしいですが(笑)、それからはそれぞれのユニットを付け替えじっくりと納得行くまで鳴らし込んだ上で、最後にこれでどうだーっ!ってな頃合いになってだいたいお声がかかります。
まあオーディオ好きの性と言えばそれまでですが(^^;;気合の入り方は半端じゃあないです、この先生(@_@)
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3,心は、届く
目黒鷹番の学芸大駅近くにホーム商会と言う店がある。ここは随分と古くから日本のハイエンドオーディオを牽引して来た店の内のひとつである。
JBL #43シリーズが爆発的なヒットを放ったその時代に、実は瀬川先生の他にもこのシリーズの持つ可能性に着目し早くから店にデモ機を置いて顧客に対しての提案を行っていた所が幾つか存在していた。ここはそんな先駆的な店の内のひとつであった。
ホーム商会に於ける展開の流れはまず(勿論)4320から始まり、すぐに4330、4333、4341、4343、4343Bへと続き4350すら展示していた時期もあった。ここで興味深いのは少し時間を置いてはいたが並行してL200(=4320)を置き、またL300(=4333)を置いていたことだ。
これらJBLが同時期に並行して展開したホームオーディオ用としてのモデルは、なるほど余りにも無骨で殺風景な#43シリーズを家庭に持ち込むことに躊躇する顧客層に対しては多いにアピールすることが出来たであろう。
販売店での商売としての目論見を考えればこれは非常に説得力のある至極真っ当な手法であったと言うべきであり、実際この店が存在したことで正気を失うことなくオーディオ趣味を維持出来た常識人が数多く存在したことは同類の目からみても喜ばしいことであったと思う。
そしてそんな目まぐるしく変換して行く時代の中で、この店には更にもうひとつのシステムが不動の存在として君臨し続けていた。
JBL D44000パラゴン、しかも初期型の190-4Cを内包するシステムである。そしてそのパラゴンは永らく<非売品>とされていた。
ホーム商会での#43シリーズの展開は随分長い間続いていたと思うから、恐らく、特に4343に関しては販売数はこの店が日本一だろうと言われていた。
そんな店だったからこそここには他のアンプ群、ターンテーブル、カートリッジ、また周辺機器も含めその時々の各社最高峰のものが並んでいて、訪れる客は4343を基準としてそれらの機器の聴き比べをしまた品定めをする、そのような場でもあったわけだ。
そうやって最新鋭の機器により4343の能力を更にあと少し、いやここはまだ出るだろう?そんな真剣な視聴を繰り返しながらフッと、店長の(現社長)あきらさんがちょっとパラゴンに代えましょうと用意してくれる事があった。
真剣勝負で疲れ果てた耳、もう音自体しばらく要らないなあと思うくらいのクタクタな状態の身体、それを優しく解きほぐしてくれるかのように、そのパラゴンの音は真っ直ぐに身体に染み渡ってくるかのような音がしていた。
4343を真剣に聴き込んだ後でのパラゴンの音なんてまともに評価しようとしたらそれこそ目も当てられない、およそHi-Fiですらないだろう?と言われかなねい筈の音であったのに、とにかくその時のパラゴンの音は深く染みたのだ。
そう、ホーム商会のパラゴンの音で既に答えは出ていたのだ。勿論あきらさんは何も言わなかったけれど、そうやって私にもその事を教えてくれようとしていたのだろう。
4343を精密にバランス取りし最上の周辺機器で固めて生演奏と同量の音量にしてレコードを演奏した時、これはもう何度も経験したことだがお店に入ってすぐの部屋でその音を聴くと奥の部屋では今まさに生演奏が奏でられているとしか思えない錯覚に陥ることがあった。これは特にピアノ演奏では顕著な現象であった。
うわあこれは良い演奏ですね、しかし本物のケンプがここに居るわけはないですよねえ?そんな事を言い合って客同士で笑ったものだ。
隣室から漏れ聞こえてくる恐ろしくリアリティに富んだ音世界、これこそは4343の真骨頂であったろうと思う。生の弦楽器が奏でる、時に突き刺さるようなリアリティも、またそれが響きを伴って優雅に重ねられて行く様子も自在に再現して見せたし、また人の声にはしばしばゾクっとさせられたものだ。
一方で所謂PAを伴う演奏つまりジャズやロックまた歌謡曲演歌そのようなレコードではこの隣室での甘美なる経験をすることは終ぞ無かった。
その理由が何であったのか深く考える間も無く私はやがてオーディオの世界から去るわけだが、その答えはあれから数十年もの時を経た今になって、そう、掛川さんのオートグラフそれもモニターレッドから発せられる音によりはっきりとまるで言葉で言い含められるかのごとくに突如として理解できたように思う。
機械であるスピーカーが発するものとは何であるか?わざわざ言う必要もないがこれは音を発するための機械なのであるから答えは 音 であるに決まっている。
次にスピーカーから発せられた音はどのようにして聞き手の耳へ届くのか?振動板により空気を直接振動させることで音と成し聞き手へと届ける、ここではそんな程度の説明で事足りるだろう。
ではその振動板からホーンを介した場合はどう違ってくるのか?この事の説明はこ本文の冒頭で簡単に書いたが、つまりはホーンの技術とは音を遠くまで届ける事をその目的として構築されていた。
ここで両者からある程度の距離を置いてその音を聞こうとする場合、振動板のみで音を発する場合にはその音を聞き手まで届けるに足るだけのアンプ側の力を必要とする。
まだ十分なアンプ出力が得られない時代ではここでスピーカー側でも工夫を凝らす必要があり、スピーカーの振動板にはより軽くて強い素材や構造、製法を研究すること、更にまた磁気回路の最適化、更にその材料の吟味そして強力化によりスピーカー自体の変換効率を上げるための大きな努力が必要であった。ホーンの技術もまたそんな努力の中のひとつとして生まれたものであると言える。
振動板から出る音をホーンにより拡大した場合、それが適切な設計であるならばスピーカーの変換効率は段違いに大きなものとなるからアンプ側の負担は小さくて済む。初期のウエスタンエレクトリックのアンプなぞほんの数ワットの出力しか持っていなかったのだが、それでも大掛かりなホーンシステムによるウエスタンスピーカーは千人規模のホールでも浪々と鳴り響くだけの力があったと言う。
ここの所を良く考えてみて欲しい。
いったいウェスタンのホーンシステムに何の不足があったと言うのか?後世の人々はこれから何を引きこれに何を足そうとしたのか、そしてその事は本当に必然であったと言い切れるのか?
無論私自身も全盛期の良い状態を維持したウェスタンなんて聴いた経験は無い。せいぜいが池田圭先生の所のものを聞かせていただいた程度の事だ。
なのでこの部分については想像で言う以外に無いのだが、まあしかし然程心配する必要は無かろうとも思う。まともなウェスタンの音を聴いた経験のある人なんてもう何人も生きちゃあいない。
初めにホーンシステム有りき。後に広く定着することとなる箱によるシステムは全ては妥協の産物ではなかったのか?
箱によるシステムはそれでもアンプ側の出力が稼げるようになると安定して大音響を実現出来るようになって行った。勿論それに伴うスピーカー側の改良も同時進行し大入力に耐える工夫が成されて行くことになる。
アンプ側の余裕がスピーカー側に必要以上の高効率を求めないようにまでなるとスピーカーの側はよりワイドレンジにあるいは低歪率へとその方向性を変え所謂高忠実度化への道を進むようになる。
そしてこの流れの中でスピーカーの音からはどんどんと音楽が失われることとなった。紙の上に出力される様々な特性からはあらゆるネガな(と思われる)点が潰されて行き、技術者たちは平坦になりまた低比率化したグラフを眺めてはそれが進化の結果であると信じ込もうとした。良し悪しの基準を数字に置き換えようとしたのである。
オーディオ暗黒時代の始まりであった。しかし、これでは正に木を見て森を見ず。心を失った音は迷走を始めることになる。
欲しいものは何だったのだろう?大事なものはどこへ消えて行ったのだろうか。
そもそも音 とは、エネルギーである。
また音楽とは、感情である。
聞き手に感情を届けるためのエネルギーとしての音は、いつしか機械が自己満足しているだけの心の無いただの音になってしまっていた。
最初にあったオールホーンシステム達が軽々と運んだその心はいつしか聞き手の元へは決して届かないようになって行ったのだ。
人は誰かに呼びかけようとする時、無意識に口元に両の手をあて届けと願いながら声を発するものだ。願いの無い呼びかけはただ突っ立ってまま大声でがなり立てるような事となり、それはこちらには甚だ見苦しいものと映る。
相手に届く声とは、その相手の方にしっかりと向きながら心から発するものであるから、その音量は意外な程に小さなものであったとしても気づくことが出来る。時には音は物理的な距離によってかき消されていても心だけが真っ直ぐに伝わる場合さえ有り得る。
オールホーンシステムはそう言う力を持っていたのだ。
そのこと故に、K先生のオートグラフは小さな音量の中に奏者の溢れんばかりの感情を伴って直接こちらの心に飛び込んでくるかのような鳴りかたをする。
何も不思議なことなのではない。そんな風な音が出るのにはきちんと理由があると言うことだ。
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