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2005年12月20日 (火)

「聴く鏡」

タイトルは「きくかがみ」と読んで頂きたい。
これは筆者AUDIO方面に於いての永遠の師匠たる一ノ関ベィシー「菅原"Swifty"昭二」氏が近年STEREO SOUND誌にて連載を続けているエッセイの題名である。
氏の処女作である「ジャズ喫茶「ベィシー」の選択」に続き間も無く単行本化されるはずなのだが、この連載では飛躍的に洗練された文章によって深い内容を実に洒脱な言い回しでもって書き連ねており、オーディオに興味が無い人であっても注目に値する文章なのではないかと思っている。

こう言った文章の先達は何と言っても山下洋輔氏であるわけなのだけれど、ここに来て菅原さんの文章も山下さんと充分文句無しに肩を並べる域に達したようで、そうなった時に改めて菅原さんのジャズ・オーディオのキャリアの恐ろしさが世に広く知らしめられる事になるわけであり、ここは、いずれかのマニアを自称する人であれば間違いなく読んでおく必要があると思う。

で、ここではいきなり本筋について書く。

まずそもそも「聴く鏡」とはなんなのかと言うことを一発で理解する事は難しい。なので最初に少々手助けをさせて頂こうと思うのだ。(外れてたら申し訳ないですが..笑)

筆者が度々ベィシーを訪れた時(筆者個人の事情でここ数年お伺いしてないのだけれど..)よく菅原さんから質問される事があった。内容はジャズやオーディオの基本的な部分に関する事柄である。例えば..
「エヴァンスのタッチの強さはこんなもんで良いのかね!?」
..........こんなもんって、あなた、近年のベィシーの音はもう人知のレベルを越えちゃってるんだからね、こんなしろうとおやじになんちゅう質問するの!? (笑)
まあ、でも、とりあえずお応えしてみる。
「エヴァンスは普通は一見繊細で美しい旋律を連ねる、ある意味取っつきやすいピアノとして評価されているわけなのだけれど、あの音の恐ろしさに気づいた瞬間からはやはりタッチの方に目が(耳が)向かいますね。」
「..基本的には即興演奏であるものの非常に考え抜かれた構成と正確極まりないタッチ、そしてタッチそのものの変化によって形作られる独特の音の陰影と言うのがあの人のピアノを特徴づけてるのだと思います。」
「..なので今の菅原さんの音で充分満足できるわけなんですが、個人的な好みを言えばミッドの375はもう少しだけ上げても良いと思います。菅原さんの今のバランスならそれで破綻するような事は無いでしょうから」

...くどくど表現しているのは読者サービスです。(笑)
菅原さん相手ならひと言で済む。
「ミッド上げても大丈夫ですよ」

そうして当の菅原さんは一瞬にんまりとしてアンプ棚に歩み寄ると言うわけ。
もちろん筆者はその瞬間を聞き逃さないよう店内のベストポジションに瞬間移動している。(爆)
...言うまでも無いが、それまでの人知を超えたレベルにあった音ははっきりと神様の領域に飛び込む。その瞬間を体験できると言うのはこれは考えてみるととんでもない事なのだけれど、継続してベィシーを訪れている客なら等しくチャンスはあるはずだ。
#営業中にフツーにやってますから。(爆)

ここで菅原さんがやろうとしたのは、もうとっくにご自身の中で答えが出ている事柄を一旦他人にぶつけてみてその反応を確認しご自身の考えを再確認すると言う作業なのであろうと思う。つまり「鏡」なんです。

いきなり鏡の役をさせられる客はたまったものではないが(大汗)、ある意味そう言う役目を仰せつかるのは非常に光栄な事でもあるわけで、長年のベィシーの客である筆者としては心底喜んでその役目を務めさせて頂いている。
#ま、楽に半分以上ハズしてると思いますが...(笑)

人に対して何かの思いを伝えようとする場合、案外と直接的な言葉だけではその真理を伝えられない場合が多いのでかつてのキリストさんは「例え」で語る事で多くの目的を遂げる事が出来たと言う。
「音」と言うものもなかなか言葉では捉え辛いもののひとつであろう。いくら言葉を重ねてもまたいくら例えで説明しようとしても伝わらないニュアンスというものが大部分を占める。
そう言う意味で菅原さんがとった「聴く鏡」と言う手法はとても興味深い。
質問する側は自身の考えを鮮明にする手だてとなるわけだし、さらに実は質問される側も自分で言葉にしてみて改めて気づかされる部分と言うものがあって、自分でしゃべりながら同時に気づくと言う不思議な体験をする事になる。

..そんな事をしてるばっかりに、筆者はここ10年ほどベィシーの音をゆっくり聞いた事が無いのだ。(笑)

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b#おやじなJAZZ&AUDIO」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
全くもってBill Evans の魅力って繊細でいて底知れないところでしょうね。
We Will Meet Again(またお会いしましょう)が最後の作品というのも凄く皮肉的というか悲劇的というか、強く惹きつけられるアーティストです。

しかし悲しいかな私はEvansの生演奏を全く知りません。
一度でいいから原音に近い音で聞きたいと思っています。
そう言う意味では117おやじさんの環境がとても羨ましいです。

Meet Againですか..、エヴァンスらしいとも言えるでしょうね。
この方面で最も有名なのはエリック・ドルフィーの例のお言葉であり、当然yoshiさんもご存知なはずですがすなわち..
"When you hear music,after it's over,it's gone in the air"
「音楽は終わると、空中に消えてしまう。もう一度取り戻す事はできない」(訳、"Swifty"氏)
ドルフィーはつまり「ワシの演奏はたった今これっきりのものなのであって、その瞬間を共有した者にのみわかる世界でありこれが例え録音によって後の世まで残ったとしても、もうワシは知らんけんね〜」と言うような事をおっしゃったようなのです。(笑)
これは一般的なジャズファンとしてはとても困る事なのですよ。ドルフィーの音が生で演奏したその時だけのものであると言われれば、まぁそれは確かにそうなんだけれども、後世に生まれてドルフィーを知った人間にとっては「ドルフィーご本人にとっては不本意かも知れないけどオレにもあんたの音聞かせてよ」となる奴は大勢いるわけで、せめて残ったレコードなりを必死になって再生する事になるわけです。この辺がジャズ・オーディオマニアの性と言って宜しいのではないかと..。(笑)
近年の一ノ関ベィシーの音はある意味「生」を確実に越えています。この事はまた改めて書きますが、ウチの音なんかに興味を持たれる暇がお有りでしたら迷わず一ノ関までお出かけ下さい。
残るチャンスはもう決して多いとは言えないのですよ..。色んな意味で。
 

こんにちは。一ノ関ですか~。
行きたいのはやまやまですが、ちょっと遠いですね^^;
そう簡単には行けそうに無いです。
それに仕事もありますし、趣味にこれ以上時間を割いたら
カミさんが荷物まとめて出て行ってしまうので(爆)

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