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2012年4月14日 (土)

LOTUS ELAN (M100) STORY 3

そんなこんなで鳴り物入りの実際には相当な物議をかもしながらのM100がついに完成し発表された。

M100_2


まあ予想されるように(笑)

発表と同時にプレスの間では賛否両論が渦巻いたものの完全に傾いていたLOTUSがGMの支援により(文句言う人多数)またISUZUユニットの提供を受ける事で(相当文句言う人相当に多数)新型車をお披露目できたのは世界中のLOTUSファンにとって大変な朗報であったろう。

良心的なメディアはまずそのFFとしてはまさに驚異的な路面保持性能を讃え、充分なハイパフォーマンスと快適な乗り心地を併せ持つ点について解説を加えた後、これはかつて見られた中で最良のFF車であると断言した。

しかしながらその言葉に続いてほぼ全てのメディアは口を揃えてこう言い放つ事になる。
「残念だがこれはオリジナルELANが持つfun to driveには遠く及ばない」
「Mazda MX-5(MIATA/ロードスター)にも劣る」

あーそう。ELANは知らんけどそのNAロドスタってウチにも転がってるんだけどね。
へー。そんなに差があるんだ、へー。

まあいいか、話を進めよう。

甚だ馬鹿らしい事にMazdaは(the school of the old Elan)古いELANの哲学を師事し、車の機械的レイアウト、スポーツカーとしてのチューニングの手法、またスタイリングに於いてなんの新機軸をも生み出す事は無かった。

それに対して新しいELANは遥かにパワフルでありまた速い。
ただしコーナリング中のスロットルに対しては順応性を欠くきらいがあり、そのためドライバーはあまり楽しむ事が出来ない。
巧妙に設計されたフロントサスペンションはトルクステア及びキックバックを封じ込めるには良い仕事をしているがそのステアリングリムを通じて車との対話を楽しめるまでには至っておらず、古い方のELANが持つようなカリッカリのハンドリングは望むべくも無い。

結果的にM100は、遥かに安価なMX-5の存在もあってスポーツカーファンからの愛情を注がれる事は無く、その販売数は失望的な数字に留まった。それにより総生産台数3,855台を残してGMはM100プログラムから撤退する事となりノーフォークから去った。
その後GMはLOTUSグループを丸ごとイタリアの巨頭ロマーノ・アルティオリに売却。氏はブガッティの所有者としても有名である。ハンパ無い金持ちのただの道楽だったのかな?

M100の命運もここまで?

ところが話はこれだけでは終わらなかった。LOTUSの倉庫には800基のISUZU-LOTUSエンジンが残されていたのである。アルティオリは監査員と銀行屋を呼び考慮した結果この800基のストックを使ってM100を再生産すれば、より低価格で販売したとしても彼には充分な利益が出る事を知る。
そうしてM100は1995年にシリーズ2として復活したのだった。

M100/S2ではエンジンのエミッションコントロールが厳密化された事でおよそ10馬力を失ったものの基本的にはS1との違いは無いとされていた。ただしいくつかのパーツは品質向上のために変更されている。

その後M100の生産設備は韓国のKIAに売却されKIAビガートとして1,000台が生産された。

M100は残念ながら最も愛されるLOTUSにはなり得なかった。
しかしながらそのハンドリング面において世界最高のFFスポーツカーであるとされた当時の評価に対し20年の時を経た今も賛同する人は多いのではないかと思う。
少なくとも、

ま、乗ってみればわかるから。

以上M100ストーリーは終了。
ほとんどの文章は「Copyright© 1997-2010 by Mark Wan @ AutoZine」を元に筆者なりに翻訳してみました。

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