カテゴリー

無料ブログはココログ

« Autograph 構造参考資料 | トップページ | タンノイ オートグラフを評価する,その3 »

2014年10月26日 (日)

タンノイ オートグラフを評価する,その2

ここで書く事柄は今から35年ほど前の遠い昔の記憶です。

幸い、と言うべきなのか?こちらもだいぶ歳喰ってまいりましたので昨日今日の出来事の記憶なんてまるで当てにならなくなっておりますが昔のことはよく覚えてるもんです。昔爺ちゃんか言ってたことそのまんま今、自分がやってる感じですねえ(笑)


......

2,オールホーンシステムはホームオーディオとして存在し得るのか?

過去に登場したオールホーンシステムはいずれもが巨大なものであり、また内部構造の複雑さ故非常に高価なものでもあったしかつ重量も嵩んでいた。
オーディオ好きなら誰しもが憧れたであろうそれらのシステムは、例え幸いにしてある程度の財をなし十分に購入できるような境遇になったからと言ってそう易易と自宅に招き入れられるようなものではなかったようだ。

購入を検討した場合にまず問題となるのがやはりその本体の大きさである。店頭で見るシステムの大きさは実際に自宅へと招き入れて設置した時に驚愕の大きさと映る場合も少なくない。
従って日本家屋に於いてはそもそもシステムを置くだけのスペースで既に難儀し、コーナー型のシステムではステレオで使用する場合にはスピーカー間の距離を必要とされるだけの十分なものを実現できることは恐らく稀であろう。
またシステムの大きさは必然的に広い部屋空間が備わっていることを要求し、曰く、これはそもそもが欧米の邸宅で使われることを意図したものであり日本の家屋で使うのは無理、あるいは大音量を出せない境遇でこんな巨大なシステムは意味がない、と。これらは当時巷のオーディオ好きの間で盛んに交わされた言葉である。当時の高名な評論家の間でもこの意見に賛同する向きすらあった。

だがここで思い出して欲しい。
JBLがスタジオモニターシリーズを展開し、その頂点でもあった4343を発表した時、その十分に巨大と言って良いシステムが日本国内で狂ったように売れまくった時代があったことを。

その当時でもJBLのカタログにはパラゴンがまだ存在しており、さすがに価格比では倍近いものがあった事は事実だが、それでも売れたのは#43シリーズのみに極端に偏っていた。当時の輸入元の話として国内で15,000本あるいは15,000セットであったかも知れない、なにしろそのような数が売れたと言う。
内蔵するユニット群は価格的には両者ほぼ同じものが使われたが、#43シリーズではウーファーにそれまでのD130系からがらりと変更されたLE系のものとなり、こちらはより低音域の拡大を狙ってコーン紙が重くなりfoが下げられ、同時に能率は落ちていた。ミッドレンジのドライバーも従来の375系からPROシリーズへと移行、こちらもマグネットが強化され特徴的なショートホーンに音響レンズが組み合わさる形となっている。更にツイーターでも基本部分は従来の075を踏襲しつつ前面のホーン部分に改良を加えてハイエンドの拡大を狙っていた。

#43シリーズに於けるこれらの変更の目的はただひとつ、この時代マルチトラック録音が確立しまた流行りの音楽もクールジャズからクロスオーバーへと激しく返還する大きな流れがあった。ロックの世界でも同様に激しい動きがあったようだ(この分野は詳しくない)。
またクラシック音楽の現場に於いてもマルチマイク/マルチトラックによる録音は従来のデッカリボン方式のようなワンポイント収録からはがらりと様相を変えており、録音スタジオのモニターとして瞬く間に日本中を席巻した#43シリーズの現場での使われ方は非常とも言えるような大音量に耐えその中でそれぞれの音を正確に掴み取ることができるもの、そういうことが求められていたようである。

話を少し前に戻そう。
この時代#43シリーズに最初から着目し研鑽を重ねながらホームオーディオ用途としての使い方を提案したのは故 瀬川冬樹先生であった。
初期の4320から既にスタジオモニターシリーズに取り組んでおられた瀬川先生は後に生涯最後のシステムとして4343をその友とし、そしてその音は正に唯一無二、他の誰もなし得ない世界を構築されていたと言われるが、その最盛期にガンにより急逝されたことは私にとっても甚だ存念なことであった。

その正に同じ時期に私は瀬川先生のすぐ近くに居たのである。しかしその音を自分の耳で確かめる願いは終ぞ叶えられることはなかった。
ただ幸いにしてやはりごく近くで交流されていたオーディオクラフトの花村さん、またメースの森田さん、このお二人とも近い位置に居られたことで、そのお二人からの言葉により瀬川先生の4343の音はある程度の所までは想像し理解する事は出来ていたような気がする。

......瀬川先生の4343は然程大きな音量で鳴らされているわけではなかったようだ。

実は#43シリーズを小音量で鳴らすと言うことは実際には大変な難題でもあるのだ。
その理由はこのシリーズで使われているユニット群の出自に由来し、先に書いたように強力なマグネットによりオーバーダンピングに躾けられたそれらのユニット、特にウーファーに於いては顕著になるわけだが、そもそもオーバーダンピングのユニットをパッフルマウントしてバスレフで動作させる事自体に非常に無理があるのである。
ユニットをオーバーダンピングに誂える理由はあくまでもホーンロードを掛けることを前提としたものであり、#43シリーズがそのような設計の箱であることはホームオーディオでの見地からは甚だ間違った設計と言って構わないと思うわけだが、だがしかし、これはそもそもがホームオーディオでの用途など微塵も考えたものではないあくまでもスタジオモニターとしての最良の結果を追求した形であるわけで、その使い方としては重複してくどいようではあるがこれはあくまでも近接した状態での大音量が要求されたそのことに対するJBLの解であったわけで、勿論ここでのJBLに非は全く無い。

問題とされるべきはこのような出自のシステムを家庭に持ち込もうとした人、即ち瀬川先生その人なのである。

.......然し乍らその瀬川先生の音は、それはそれは甘美な至極のものであったと今に伝えられている。

今回評価を試みるK先生のオートグラフは、やはり常にこちら側には思いがけない程の小音量で鳴らされているのであった。
珠玉とも言えるオリジナル オートグラフ、安心して大音量を叶えられるそのオールホーンシステムで敢えて小音量で奏でるその理由がどのようなことにあるのかは、次回へと続けたい。

......

« Autograph 構造参考資料 | トップページ | タンノイ オートグラフを評価する,その3 »

b#おやじなJAZZ&AUDIO」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« Autograph 構造参考資料 | トップページ | タンノイ オートグラフを評価する,その3 »

フォト
2014年12月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Twitter