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2014年10月28日 (火)

沈黙は、宜しく無い?

本当に久しぶりに出てきて記事を書き出して、おやっ?と思って読んでくださった方にはご迷惑をおかけしてるかも知れませんね。

今回のはたまたま要望があって書き出したものなんですが、恐らくこう言う世界を理解できる人はほんの僅かな数に止まることと思います。リアルにその現場に居て、リアルにその時々の人たちと交流した経験は、同じような経験を持つ人には通じるであろう話ですが、それ以外の人にとっては全く意味不明の話になってしまうのは(大変申し訳ないのですが)これはいた仕方ないことだろうと思っております。

それでも、今になってこんな話を書き出すのは、こう言う経験を後世に伝えようとする動きがあまりにも少ないと言うことが理由として挙げられます。もちろんこの私にそんな大役が務まるなんてことは思ってもいませんが、それにしても誰か書けよと!黙ったまま過ごしてたらみんなもうじき死んじゃうじゃん?そんな現実もまたリアルのものとなって来ているわけですから。

これは決して経験した人たちだけが墓場に持って行って良いって話ではないんですよ。
あの時代に真剣に音に取り組んだ人たちが居たこと、そしておよそ言葉では言い尽くせない、えっとこれは故 岡俊雄先生が提唱された事なんですが、オーディオに狂うと言うことはこれは即ち<再生芸術>と言う新たな世界を構築する作業なのであると。その世界は生演奏と同一の土俵で語るべきものではなく、これはこれで独自の究極を目指すものであるのだと。
生演奏は、如何に時の名演奏家を持ってしてもそれが必ずしも名演奏となるとは限らないではないか、しかし我々には過去の名演奏家による素晴らしい名演奏が記録されたレコード盤がある。これの中に秘められた音楽世界を己の精魂を込めて最大限に引き出す事でそれらの魂を引き出すこと、これこそが再生芸術と言うものなのである、と。

そのお言葉を直にお聞きしている身としては、やはりこのまま黙ってるわけには行かないよなと思い始めたわけです......

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b#おやじなJAZZ&AUDIO」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。
「我々には過去の名演奏家による素晴らしい名演奏が記録されたレコード盤がある。これの中に秘められた音楽世界を己の精魂を込めて最大限に引き出す事でそれらの魂を引き出すこと、これこそが再生芸術と言うものなのである」
 そういうことですか。まだまだ、精進が足りませんねー・・・。それだけ奥が深いから、半世紀も音楽&オーディオを趣味としていられるのですね。有り難いことです。

Analog親爺さん、
岡先生がこれを提唱された時、実は他の評論家の先生方やメーカーの方々の中でさえこの先生のお気持ちを本当に理解した人は少なかったんですよ。私はたまたま近くにいられたお陰で先生の本気さがわかって、それで同じような気持ちで音に取り組むようになりました。
小手先だけではない本当の根本的な問題を皆にもっともっと理解してもらうためにも岡先生には長生きして活躍して頂きたかったなと思います。またその事を継承される方がほとんどおられなかったのも残念な事でした(´Д` )

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